医療費はタダ?!ーフィンランドの現実 その1ー

 

タダではありません。

フィンランドの公立病院の医療費は、各地方自治体にて決める権利があり上限については国の法令によって定められている。詳しい内容はこちらのサイトから見ることができる(フィンランド語)。

無料なのは、公立病院にかかる18歳未満の子どもだけである。

また妊婦はネウヴォラ(母子のための診察所)における一連の妊娠検査は無料ではあるが、他の一般的な診察および治療(例えば歯科など)は費用がかかる。ただし、これは公立病院で診察した場合で私立病院ならその病院ごとに設定された費用を払うのである。

 

これは8000kmかなたの北欧から日本へ常々伝えたいことである。なぜなら最近、日本の民放局の番組にてフィンランド特集が盛んなようで、私が移住する前もそうだったけど、この手の番組の内容は良いところ取りの内容だったりするので、今回も特別気にはしていなかった。

しかし観光や商業関連に関することならまだしも、とある番組ではフィンランドの福祉や労働など社会制度に関わる特集だったようで、「ちょっと待てよ」と疑問符がつくようなものも中にはあったようだ。それについてその都度「これはね」と説明するつもりはなかったのだが、最近あまりにもフィンランドを「理想郷」のように仕立てあげてるかのような報道の仕方で(基本的に各番組の作り方だと思うが)、現地に住んでいる私は、少なからず抵抗を感じている。在芬邦人の間でも「持ち上げ過ぎだ」「どこの国の話だ?」という声が最近ちらほら上がってきている。

他国を知ることは島国ニッポンにとっては非常に重要なことなのだけれど、その国の歴史的背景や社会の仕組みなどのからくりをみないで表面的な部分ばかりに注目するのは、いかがなものかと思う。それも「北欧ブーム」などと言われはじめてもうかれこれ数年の時がたっているのにいつも同じ視点で、一体いつになったらその裏の部分が掘り下げられるのかと思っていた。

そこで私が言うのもおこがましいが、日本における最近のフィンランドへの過熱ぶりに、一度鎮静させて現実をみてみる必要があるのではないかと思う。

せっかく世界でも類をみない独特の社会制度に注目されているのだから、もっと現実を知ってこの国を正しく理解して欲しい。 事象を理解するために単純化(この場合は「フィンランド」という国をひとくくりにしてしまう)することは時には必要なのだが、全てにおいて行き過ぎた単純化は誤解を招き、理解から遠ざかる一方だ。

それに興味の入り口は何であれ、最終的にはその国の実態を知ることが異文化理解につながる。しかし正しく理解したからといってこの両国の現実に白黒をつけたり、日本とフィンランドの二者択一などという気は毛頭ない。それは無意味であり、異文化理解の本来の目的ではないと考える。

 

というわけで、フィンランドから見ているといつも影に隠れているようなテーマだったり、誤解されやすいテーマを数回に渡ってここで書き残しておきたいと思う。

初回は、一番誤解されやすい「フィンランドの医療制度およびサービス」について。

フィンランドにはまず3つの種類の病院がある。公立病院(Public Hospital)、私立病院(Private Hospital)、職業病院(Occupational Hospital)である。

 

公立病院

メリット:18歳未満は全て無料。一般的な診察および治療代は有料であるが私立病院に比べて安値。

年間一人当たりの医療費が決まっている。公的医療を利用する場合定額を支払うのだが、利用しなかった場合は、他の公的サービスや収入などと相殺して翌年の年末調整で多く納めた税金分として戻ってくる。逆に多く利用した場合(手術などの大きな医療)は、年末調整で支払う場合もある。
そのため出産や手術などその場は無料とされるので、フィンランドの医療は「タダ」と勘違いされる*1。

デメリット:予約が難しく長時間待たされた揚げ句、かかりつけの医師はおらず、また予約をキャンセルした場合はキャンセル料を支払う義務がある

公立病院は、地方自治体が運営している医療センター(Terveysasema)と病院(Sailaara)の2つがある。プライマリーヘルスケアを提供している医療センターはいわば診察所のような役割を担っており、ここで診察した結果、専門医療(検査および手術や出産など)が必要な場合は、紹介制で病院へ案内される。病院は日本でいう市民病院や大学病院の規模の病院であり、いずれも住んでいる地域によって決められた医療センターと病院へ行くことになっている。

医療センターへ行く場合は、まず予約を取らなければならない。その予約が平均数 カ月後というのである。もちろん地域や診察内容によって多小差はあるが、フィンランドの都市と言われるところの状況は大体これぐらいはかかる。

さらに予約を取るのにも待たされるのである。

例えば、歯医者へ予約する場合(この場合歯垢除去としよう)医療センターへ電話したところ、待ち人16人。留守電に自分の電話番号を残し、数時間後に折り返し電話をもらい予約を取ったところ、最速予約日は2カ月後であった。

そしてこの歯垢除去の診察および治療費(Terveydenhuollon maksut)は、37.3ユーロ*である。これでも私立病院と比較して安いのである。ちなみに私が妊婦だったときも、同じ診察内容でほぼ同額の35ユーロであった。

また大学病院で行った出産と良性腫瘍の塞栓術にかかった費用は、1 日当たり34.8ユーロ(Sairaalan hoitopäivämaksu) x 入院日数だけだった。一方、この出産と塞栓術を行う前の診察および検査にかかる費用は、いずれも1回当たり29.3ユーロ(Poliklinikkamaksu)であった。

以上の全ては冒頭で紹介した国の法令によって定められている金額である。

かかりつけ医師については、数回の超音波検査やエコー検査を大学病院で行ったときは、毎回それぞれ医師は違ったのである。医療センターにおける歯科衛生士は幸いにして今のところ同じ担当者だが、何せフィンランドは今深刻な医師や看護師の人手不足なのである。公立と私立病院を掛け持ちしている医師が多い。また夏季期間(6月〜8月)とクリスマス期間(12月)になると休暇を取る人々が多く、予約が普段にも増して取れにくくなる。

さらにフィンランドは日本と同じように少子高齢化が進んでおり、医療費の削減が必須項目となっている。このため大学病院におけるレントゲンや超音波検査などを行うことはなく、医療センターにて処方箋を発行して自宅療養を推奨している。また入院についても、極力入院させなかったり入院日数を減らしたりしている。実際私の出産の入院日数は5日。塞栓術に関しては、手術翌日に退院させらたものである。

そもそもフィンランドの医療に対する考え方が、例えば発熱した際には「まず自宅療養。解熱剤などを服用すれば3日もすれば治る。それでも治らない場合に初めて医療センターへ訪れる」というのである。これも昔からの医療費削減の考えが根強いのか。

こうした公立病院の現状がかなり深刻化している中で、予約がすぐに取れるが高額の私立病院の支持率が最近上がってきているのには納得させられる。

*1: 追記(2016年4月9日)

 

私立病院

メリット:予約がいつでもすぐに取れ、かかりつけ医師を指定(選択)することができる。

デメリット:全てにおいて(予約代も含めて)有料。しかも高額。

私立病院は民間企業が運営する病院で、日本と同じようにいつでも予約が取れてすぐに診てくれる病院である。フィンランドにはこのような私立病院が数社あり、例えば旅行者が旅行中にケガなどで病院にかからなければならない際に、この私立病院で受診することができる(旅行者は公立病院にはかかれない)。

ただし、全てにおいて有料でしかも高額である。国民健康保険(通称KELA)で少しカバーできるが、それでも公立病院と較べると格段に高いのである。

ではこの私立病院、どんな時に行くのか。上記の公立病院にて満足なサービスが受けられなかった時。緊急を要する症状が発生した時。例えば急に歯が痛くなったり治療したところが取れてしまったり、大けがをして公立病院では長時間待たされる可能性がある時など。

また妊娠が分かった時、ネウヴォラへ行き始めるのは妊娠12週からである。そのためそれ以前に妊娠の可能性があると分かった際には、ネウヴォラではなくこの私立病院の超音波検査で妊娠の確認ができる。またネウヴォラ経由で超音波検査があるのは、妊娠期間中の数回だけであるため(毎月ではない)、妊娠中に心配な人はこの私立病院で受診できる。

ちなみに私が婦人科系を受診した際のことだが、予約はホームページから都合の良い日時および自分に合いそうな担当の医師を選んで電話またはホームページから予約すればすぐに取れる。予約状況が頻繁にホームページ上で更新されている。

そして医療費だが、1回20分の診察で予約代や事務手続き代、電子処方箋の発行代など全て含めて240ユーロ。ここからKELAでカバーされて実際払った金額は198ユーロであった。

 

 

職業病院

メリット:従業員の医療費は基本無料

デメリット:場所によっては職場や自宅から遠隔地にあったりする。従業員本人のみでその家族は利用できない。

職業病院とは、企業が契約している病院である。私立病院や地域職業ヘルスセンター(Työterveyshuolto)がその契約先となる。これは、企業が従業員の健康をケアする責任があるとの方針のもとに契約をする義務がある。ただし、従業員本人のみが該当し、その家族員は利用できない。

医療費は無料であり、予約もほぼ取れ待ち時間もそれほど長くない。しかし、必ずしもこの契約病院が職場や自宅の近隣にあるわけではないので、不便を要する場合もある。夜中の救急外来の際には100km車を走らせて隣町の病院へ、ということもあり得る。

給与から社会保障に関する項目が多く引かれており、もちろんこの職業病院も企業の福利厚生の1つとして天引きされる。高額税金の国(現在の税率は24%)なので、ざっくり言うと給与の半分ぐらいは税金でもっていかれることになる。

が、今までみてきた2つの病院と較べると、夜中に車を走らせても無料の医療費であれば利用するだろう。

ただし、最近フィンランドの経済状況が悪く従業員を削減したり解雇する企業が増えているため、この職業病院のメリットを受ける国民が以前に較べて減ってきているようだ。

混同しないようにいうと、福祉国家の医療制度と医療サービスは必ずしも連動しておらず、現在のところ制度は整ってはいるが、現状のサービスはあまり良いとは言えない。

 

以上がフィンランドの現在の医療制度および医療サービスである。

フィンランドの福祉国家に対して送られる日本の熱いまなざしは痛いほど分かり「隣の芝生は青くみえる」 気持ちも分かるのだが、日々の生活において24%という高額税金に裏付けられた部分を日本のメディアがもっと正確に紹介してほしいのがこちらからの希望でもあり、またフィンランドに住んでいる私が伝えていきたい部分でもある。

 

*1ユーロ :135.32円 (2015/2/14)

 



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