長い道のりのスタート地点に

明けましておめでとうございます。
今日からこのブログを始めたactokinと申します。

翻訳業を通じてサステナビリティ(持続可能な社会)を考えていきたいと思います。
これらにまつわる雑多なことをこのブログに綴っていきたいと思いますので、どうぞ宜しくお願いします。

さて昨年の暮れに政権が変わり、今年2013年から自民党の政治が始まります。
この総選挙を振り返ってこれから個人個人が意識して行わなければならないことを、個人的に考えてみました。

今回の投票率が人口の4割であとの6割はSilent Majority(サイレント・マジョリティ=物言わぬ多数派)
この結果は、日本人の「どちらでも良い」という典型的な返答を表しているなあと思いました。これは諸外国からみると、「その人は自分の意見を持っていない人」「物事を頭で考えて判断できない人」「自分の考えていることが伝えられない人」と受け止められる傾向があります。

日本語には「悟る」とか「以心伝心」最近では「KY=空気読む」などと言った流行り言葉があります。
今まではこれらの言葉は「美徳」と考えられていたかもしれません。文学の世界などは時代に関係なく今でも引き継がれているのでしょう。しかし日常やビジネスにおいてはこれでは「相手が何を考えているのか」「この人は何を言いたいのか」が分かりません。ミスコミュニケーションが発生する主な原因は、相手が「伝えていなかった」とか「言わなかった」などではないでしょうか(会話の誤配の可能性があるからコミュニケーションが成り立つとも言えますが)。

今後は「言葉で語る」「正確に伝える」「意見を述べる」ということを意識的に行っていく必要があると思います。これをやらないと個人や社会全体、強いては国家の存続にも関わる問題になってくる(きている)のではないかと、個人的にやや危惧しています。


その背景には、日本は自給自足率が先進国の中では最低ランクに位置しているため、諸外国との貿易なくしては国が成り立ちません。貿易立国としてやらなければならないのは、諸外国との国交です。これには言葉(言語)の問題は当然ながら、その言語を使って「正確に伝える」「意見を述べる」という行為が重要だと思います。

これって基本中の基本ですが、意外に普段の日常生活の中ではできていないと思います。
というのも、私たち単一国家で英語や他言語を話す機会は非常に限られていて、日本人同士の会話の中でこれらを意識して話す必要はないからです。
つまり先述した「悟る」とか「察する」文化が根底にあり、さらに日本は「同質社会」のため全てを言わなくても「分かる」「分かって当然」という意識にあり、「正確に伝える」「意見を述べる」が端折られるわけです。

日本の人口が1億2500万人(2010年10月1日時点の確定値)で今後は緩やかに減少していくと言われています。人口が減り資源の少ない日本で唯一資源と言われている私たち国民の質を上げていくことが、今後の日本の「行く末」そして「存続」に関わるのではないかと考えています。

国民の質を上げるには、ひとり一人の「教育」や「学習」ということになってくるのでしょう。しかし日本で「教育」というとすぐに「お受験」「有名大学入学=有名企業入社」などというイメージになりがちです。そうではなく本当の教育とは別のところにあると思います。それは一般的にいわれている個人の「問題解決力」や「判断力」「考察力」「創造(想像)力」などを身につけること。今までのような「暗記学習」や「受験」にだけ通用する知識や言葉ではなく、実社会に出て生きていくために必要な知識や知恵を身につけること。さらに「国際的な視点」や「地球規模で物を俯瞰する視点」などが必要になってくる(きている)時代背景(地球温暖化、生物多様性、食糧と水問題など)があるので、今後はこれらも身につけることが必須になると思います。                                                                   
家人の国は、PISA(Programme for International Student Assessment)という「生徒の学習到達速度調査」において、例年上位を占めている国であります。塾や夏期講習などの補修学習は一切なく(もちろん教育ビジネスは存在しない)、個人のペースに合わせたカリキュラムがあるようです。生徒ひとり一人の個性を大事にし、その生徒の能力を引き出す授業のようです。
こうした国から教育システムを参考にするのは、今後の日本の教育を考える上で非常に役立つと思います。決して「良し悪し」で判断するものではなく、「こういう方法もある」ということを知るのがまず大切だと思います。そこから自分達に合った方法などを探り出し、創造していくことが必要だと思います。家人国の社会や教育システムについてはまた別の機会に書くことができたらと思います。                                   
サブタイトルにある「ひとり仕事(個人)」と「社会全体」のサステナビリティの基本は、「人間ひとり一人の教育」ということを考えています。それには                                                    
・地球規模で物事を捉え、俯瞰する                                          
・社会や組織全体に新しい変革、うねりを生み出す                                    
・全く別の視点、アイデアを取り入れる                                         
 = 諸外国のものを取り入れてみる                                                                                                            
これらをキーワードとして考えていきたいと思います。特に最後の「諸外国のものを取り入れてみる」というのは、私が本業としている翻訳業が役に立つのではないかと考えました。

翻訳家としてかの有名な山岡洋一氏の著書「翻訳とは何か」の本にこんな言葉が書かれてありました。

「翻訳とは、そもそも外国文化や情報を学び伝える技術である」
「どの国でもどの民族でも大きく発展するときにはその前に翻訳という形で外国の優れた知識や技術を取り入れる動きが活発になる時期がある。それを大翻訳時代という」

山岡氏曰く、この大翻訳時代というのが歴史上ではあの明治維新前であったといいます。

これを一つ私自身の中の指針として、少しずつ前に進めていきたいと思っています。

息の長い対象物(Sustainable)であるため、一朝一夕では行かないもの、そんなことは織り込み済みです。しかし、日々少しでも自分の生活スタイルから自分が属する組織、そして社会や母国のことを考えてみることは、
人間として「生きる」ことに繋がり延いては持続可能な社会や地球を創り出していくのではないでしょうか。

そんなことで、長〜〜いお付き合いをどうぞよろしくお願いします。

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